市民公開講座

日本癌学会主催 第24回日本癌学会市民公開講座

講演4 「胃がん―予防から治療まで」

山口 俊晴 先生(がん研有明病院副院長 兼 消化器センター長)

克服されつつある胃がん

長年の研究の結果、克服されつつあるのが胃がんです。 原因や成り立ちの解明や治療法の進歩により、生存率は格段に向上し、今や予防まで現実のものとなろうとしています。

がんは遺伝すると心配している人も多いと思いますが、胃がんの場合、なりやすい体質はあるものの、胃がんそのものは親から子へ遺伝することはありません。 たしかに、父も妹も胃がんだったあのナポレオンのように、家族内に多発するケースもありますが、家族の場合、食習慣などの環境因子が共通している影響と考えられます。

なぜ、胃がんが起こるのかは、長年の国際的な研究テーマでした。 後に誤りということになりますが、1926年にはデンマークの病理学者ヨハネス・フィビゲルが「胃がんは寄生虫でできる」という学説によりノーベル生理学・医学賞を受賞しています。 また、日本の病理学者、山極勝三郎はウサギの耳にコールタールを塗ってすり込むことで人工発がんに成功し、ノーベル生理学・医学賞にノミネートされました。

ピロリ菌の発見でがん予防も現実のものに

数十年前までは、胃ポリープ、慢性胃炎、胃潰瘍は全て胃がんの前兆のような捉え方をされていましたが、胃潰瘍からのがんは否定され、胃ポリープも多くはがん化せず、最近では慢性胃炎の存在が研究の焦点となっています。

胃がんは胃の粘膜にできますが、胃粘膜にどのように発がん物質が関わって胃がんを起こすのか不明でした。 しかし、酸度の強い胃粘膜にもすめるHelicobacter pylori(ピロリ菌)の存在が明らかとなり、ピロリ菌が慢性胃炎というがんが起こりやすい胃粘膜の状態にすることが分かってきました(図1)。

図1 慢性胃炎は胃がんの前がん病変

ピロリ菌の発見によって、がんの予防も現実のものとなりました。

胃・十二指腸潰瘍の原因でもあるピロリ菌は、母子感染(妊娠・出産時にお母さんから赤ちゃんに感染すること)や飲み水を原因に3歳頃までに感染するといわれています。 高齢者では感染率が高く、若い世代の感染率は時代とともに低くなっており、足並みをそろえるように日本の慢性胃炎の発生率も減っています。 現状では胃がんの減少にはつながっていませんが、30〜40年後には日本も欧米同様、胃がんの少ない国になる可能性があります。

ピロリ菌を除去した場合と除去しない場合の、その後の胃がん発生率を比べた報告があります。 そこでは、ピロリ菌を除去することで胃がんの発生率は3分の1にすることが示されており(図2)、ピロリ菌を除去すると胃がんの発生率はかなり下げられることが明らかになったと言えます。

図2 ピロリ菌除菌後の胃がんの発生率

減塩、禁煙、ピロリ菌除去

もちろん、ピロリ菌だけで胃がんになるわけではありません。 胃がんを発生させる物質として塩蔵品(塩漬け)、漬物、焼き肉などが思い浮かびますが、これらの食べ物は年がら年中、毎日のように食べてない限りは特に問題はありません。

がんは、発がん物質が積み重なってある限度を超えると発生すると考えてください。 定期預金が満期になる、というイメージです。 たばこ、食べ物、放射線などの発がん物質が積み重なり、“満期”になったときに胃がんとして現れるのです。 一部のがんを除き、がんが高齢になってから現れるのもこのためです。

また、たばこを吸ってもがんにならない人がいるから自分も、という考えは早計です。 発がん物質の“満期”には個人差があるのです。 胃がんを防ぐためには「減塩、禁煙、ピロリ菌除去」を心がける必要があります。

この3つの実践によって胃がんの発生率はかなり下げられますが、仮に発生したときは早期発見するに越したことはありません。

早期発見のためには内視鏡検査(胃カメラ)が重要になります。どの程度の頻度で行えばよいかは、ABCD検診で判定されます(図3)。 A判定でも5年に1回、BCD判定の人はそれぞれ主治医と相談して、1〜5年の間に1回は内視鏡検査を行うようにしましょう。 仮にがんが発見されたら、さらにCT検査で転移しているかどうかを調べます。

図3 ABCD検診

胃がんの半分以上は治る

がんの発育スピードには個人差がありますが、時間の経過とともに確実に大きくなっていきます。 ただ、胃のほとんどを占めるほど巨大ながんでも、胃の中に収まっているものならば、現在の治療技術で生き残ることができます。

病変の表面が正常な組織に覆われていて発見もしにくく、おなかの外にがんが広がる「腹膜播種(はしゅ)」を起こしやすいスキルス胃がんのように治療しにくいものもあり、血行性転移(肝臓や肺への転移)、リンパ節転移を含めて、まだ課題もあります。 しかし、多くが化学療法(抗がん薬による治療)や外科療法(手術)で対処できるようになってきています。

日本で胃がん手術によって亡くなる人は、残念ながらゼロではありませんが、0.8%と外科手術の水準は世界一と言ってよいレベルです(オランダ10%、英国13%)。 さらに、手術に成功した人が5年後も生存している割合は70%と、他国を圧倒して高い成績を残しています。

胃がんの手術成績が向上した理由の一つに、診断の精度が上がったことで早期がんの割合が増えたことが挙げられます。 1950年代には5%程度、60年代は20%に満たなかった早期がんの割合が、現在では50%を超すまでになっています(図4)。 つまり、現在では胃がんの半分は治ることが約束されているといえるでしょう。

図4 早期胃がんの割合の変遷

さらに最近では、転移のない早期胃がんならばおなかを開かずに、内視鏡や腹腔(ふくくう)鏡を使って治すこともできるようになっています。 10年前には胃がん手術の7割が開腹手術でしたが、現在では半数以上が内視鏡や腹腔鏡で行われており、今や“標準治療”になっています。

進行胃がんも生存率が向上

一方、進行胃がんについても、50年代には30%程度だった5年後の生存率が今では60%を超えるまでに向上しており、さらなる成績向上のために研究が続けられています。

進行がんの治療成績の向上には、抗がん薬による治療の進歩もあります。 手術後に抗がん薬を使うことで再発を防いだり、手術前に使ってがんをある程度退治してから手術したりすることも可能になってきています。

また、胃がんの患者さんの中でもHER2というタンパク質を持つ患者さんに、抗がん薬に分子標的薬「ハーセプチン」(一般名・トラスツズマブ)を加えた化学療法を行うと、生存率が上がることが分かってきました(図5)。 今後、個々の患者さんのがんの性質を調べ、その人に合った治療を行う個別化医療(オーダーメード医療)の第一歩として期待されます。

図5 ハーセプチン+抗がん薬の生存率

がんの進み具合に応じた標準治療をまとめた指針「胃癌(がん)治療ガイドライン」ができたことで、施設間の成績の差もそれほどなくなってきました。 残念ながら、ガイドラインの治療内容は全ての胃がん患者に通用するものではありませんが、8割の患者さんに対してはどの施設でも基本に沿った適切な治療ができる世の中になっています。

一方で、がんというものは個々の患者さんで個性があるもので、将来的には個別化医療の進歩が求められています。

私たちの病院では、一人のがんの患者さんに、外科医、内科医、看護師、薬剤師、緩和チーム、栄養サポート、精神腫瘍科が一体となったチーム医療を実践しています。 診療科の枠を取り去り、他分野の専門知恵を出し合うことで、ガイドラインに当てはまらない患者さんにも最高の医療を提供したいと考えています。

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