日本癌学会 歴史

歴史

創立の経緯

がんに関する学術講演会は、癌研究会創立時の明治41年(1908年)4月2日に癌研究会が主催した第1回学術集談会がその始まりで、以後毎年開催されてきた(この間の活動の詳細は癌研究会七十五年史第・編通史第1章草創期を参照)。

 昭和10年(1935年)ごろになり、癌研究会の会員および研究者間に、「がん研究が近年急速に進展しつつあることを考えて、癌研究会とは全く従属の関係を持たず、しかも日本におけるがん研究の中心的存在である学会を別に設立し、全国の学者の協力により一層研究を促進する道を講ずべきだ」との意見が起こってきた。このような状況をみて、昭和15年3月15日開催の第24回癌研究会理事会で、長与癌研究会頭が提案して、新たに「日本癌学会」を設立することにつき討議した。
協議の結果、その提案をもとに、

  • (1) 名称を日本癌学会(The Japanese Cancer Association)と称すること。
  • (2) 翌年ごろより実行したいこと。
  • (3) 事務所を本会内に置くこと。
  • (4) 雑誌「癌」を本会と共同で発刊すること。
  • (5) 癌研究会および康楽会との関係を慎重に討議すること。
  • (6) 会則は癌研究会医家出身の理事を含む委員会を組織し、その会で制定すること

を骨子として設立するよう全員一致で決議した。同年4月3日東京帝国大学における第32回癌研究会学術集談会の開会の辞で、長与会頭は、これにふれつぎのように述べた。

「ご承知のごとく本会は多年癌研究会学術集談会として学会を開催してきましたが、時勢の進歩に鑑み、新たに「日本癌学会」を組織して、その名において学会を開くのが適当であることの考えを抱いていたのであります。
 先般癌研究会理事会においてこのことが議決せられましたので、ここにご報告いたします。日本癌学会が新設されても癌研究会がその中心となり学会の開催、会誌の発行その他あらゆる事業に従前どおり力を致すことはもちろんであります。新たにできる会の会則、癌研究会との関係その他については、特に委員会を組織して慎重に研究することになっております。
要はこうすることによって、わが国におけるがんの研究が全国の学者の協力一致によって一層推進されることを考えたからであります。
 新たな学会が成立すれば、従来癌研究会後援康楽会の会員はそのまま新たにできあがる日本癌学会の会員となられるのでありますが、さらに多数の会員が本会成立に際して加入されることを希望いたします。」

(以上「癌」誌より)

日本癌学会の発会

昭和16年4月5日大阪帝国大学において、第33回癌研究会学術集談会ならびに第1回日本癌学会学術講演会を開催した。本会長与又郎会頭は挨拶に立ち、開会の辞を次のように述べた。

開会の辞  会頭 長与 又郎
「ただいまより開会いたします。
 昨年の総会席上におきまして、わが国の癌および腫瘍研究の趨勢から考えて、将来より多く発展せしむるためには日本癌学会を設立して癌研究会と共同していくのがいいと申しました。
 爾来種々研究の結果、本日ここに第1回日本癌学会と第33回癌研究会学術集談会とを協同して開催することになりました。日本癌学会は十数名の発起人が専門家の意見をも徴して会則の立案を検討いたしまして、昨晩の会合において成立いたしました。
 その趣意は癌研究を一層進歩向上せしむるという事にありまして、雑誌「癌」に掲げられる原著の内容の向上、抄録欄の新設等でありますが、いずれ編輯委員会が出来て諸君のお世話になると思います。今日からあらかじめ御協力をお願いしておきます。会則により日本癌学会はまず会長1名を置き、これは会員中より学会における推薦に依って定むることになっていります」
 (この時南博士が立って、長与博士を会長に推薦する事を一同に諮り、満場一致賛成し、長与博士之を受諾した)

その後の発展 平成9(1997)年4月現在

日本癌学会のその後の発展は、第56回までの総会における演題数の増加によって証明することができる。

昭和61年(1986年)の第45回総会時、会員数は11,462人で、そのうち評議員は392人である。また名誉会員は28人(うち外国人が19人)である。ちなみにサ在(平成9年)の会員数は17,500人で、そのうち評議員は383人である。また名誉会員は43人(うち外国人が32人)である。年会費は12,000円となっている。

日本癌学会の事務局は発足以来、常に癌研図書室内におかれ、長く図書室の職員がその事務遂行に協力してきたが、38年に新しい研究室が完成したときに、その2階に癌学会の専用室が設置され、また翌39年には出雲久江が専任職員として採用された。
平成9年現在の事務局員は小林ヤス子、田子智香子の2人である。かつての職員に伊藤珠江、良川真佐子、安田律子、中島ミエ、稲田美恵子、大橋(坂田)昌子、祝綾奈、出雲久江、木越美樹、下田実千代らがいる。
また吉田富三が招いた溝口歌子は、フリーランサーとして雑誌「癌」の編集と英文校正に携わり、多くの貢献をした。

癌研究会七十五年史(1989年1月 北川 知行 編集)より抜粋